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新川高校はあなたの今と未来を応援します。

尾張第2群A  TEL. 052-400-1108

〒452-0901 愛知県清須市阿原北野18番地

校長あいさつ 30周年を迎えるにあたって

ここからの未来に!!

 いよいよ平成27年度は、創立30周年を迎えます。30周年を迎えるにあたり、昨年の10月の全校集会で次のような話をしました。


 私事ですが、私の母は、昭和7年生まれです。福井市で生まれ、ちょうど小学校に通っている頃から太平洋戦争が激しくなり、母の学年から修学旅行が取りやめになったそうです。その後、女学校へ進学、終戦後、学制が変わり、新制の高校を卒業しましたが、結局一度も修学旅行を経験することがありませんでした。

 母は結婚と同時に故郷を離れてしまったので、同級生とも仲の良かった数名と細々と連絡をとるぐらいで疎遠になっていたそうですが、ちょうど戦後50年たった年に、女学校の同窓会を加賀温泉一泊でやる、という気合の入った案内が届きました。この同窓会は「修学旅行のやり直し」という思いもあり、ぜひ来て、と強く誘われ、私も行っておいでよと母の背中を押しました。
 さあ、それからが大変。何を着ていこう、服を買うのにさんざんデパートにつき合わされました。同窓会から帰ってきた母は、かなりハイテンションで、同窓会の様子を話してくれました。みんな70近いお婆さんで、50年以上会っていない人もかなりいるのに、一瞬のうちに打ちとけてしまう。戦後、それぞれいろんな苦労があり、今もいろんな境遇を背負っているのに、みんな一緒に女学校時代の思い出に浸れる。母がしみじみと「母校っていいよね」と言いました。

 その時、私は、ああ、羨ましいなあ、50年以上たっても「母校」を誇りに思い、思い出を共有できる友達がいるのだ、と思いました。
 
私には、本当の意味での母校と言える学校がありません。卒業した学校を母校というのならば、もちろん、小学校も中学校も高校もあります。親が転勤族だったので、小学校は3校、高校も転校試験を受けて愛知に来たので2校に通いました。一番長く住んでいたところで4年、小学校などは、6年生の9月に転校したので、その学校を母校というのもどうもしっくりきません。歌は好きなので、どの学校へ行ってもまず校歌を覚えたのですが、今では、さびのところしか歌えない校歌ばかりです。

みなさんにとって、この新川高校は「母校」です。母校と言える学校をもっているみなさんが、私にはとても羨ましく思えます。
 10年、20年、50年、世の中はどのようになっているかわかりませんが、それでも私の母のように、新川高校は、みなさんが胸をはって母校と言える学校であってほしいと思います。
 そうであるためには、もちろん先生たちも頑張りますが、今、みなさんが新川高校をどれだけ大切に思ってくれるか、そして、どういう学校生活を送っているか、にかかっています。27回生、28回生、29回生のみなさん、そしてみなさんの姿や行動を見て、これから入ってくる30回生、31回生・・・
 生徒一人一人が、節度ある言動ができ、爽やかな高校生らしい身だしなみで、相手を思いやる心をもち、学習、部活動、学校行事に精一杯頑張る・・・そうした「新川生」が受け継がれ、母校が守られていく。

いよいよ来年30周年です。3年生は卒業するから関係ない、と思っていませんか。誰かがあなたの母校を守ってくれるのではありません。母校が母校であり続けるためには、今のあなたの毎日の行動や頑張りが必要です。


 実は、この話を生徒にするのは2回目です。20年前、本校の10回生を担任し、10周年記念行事を迎えるにあたって学年の生徒に話した内容です。20年が過ぎ、再び周年行事を迎えることができる不思議な縁(えにし)に感慨を覚えています(そして、平成27年は戦後70年)。

30周年に向けて、キャッチコピーとキャラクターの募集をしました。3年生の生徒がたくさん応募してくれ、とても驚き、胸が熱くなりました。作品からは、在校生として30周年を迎えることはできないけれど、新川生だったことを誇りに何かを残したい、そういう思いが伝わってきました。本当にありがとう。感謝の気持ちで一杯です。

生徒のみなさんは、卒業後、さまざまな道を歩みますが、一人一人が社会のどこかをしっかりと支えてくれている若者になってくれるよう、新川高校で、その土台をつくってほしいと思います。

ここからの未来に!!